2018年6月23日 (土)

ナローボートの旅(その6 Lock 通過)  (236)

Cyoushoiku

朝食

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2018年6月13日(ロンドン時)

 昨夜は熱いシャーを浴びって、ぐっすり眠れた。 目が覚めると此処は、英国のカナルの上だ。 女性陣が作ったくれた巧い朝食を整えられていた。 

 第2日目の最大イベントは、Lock 越えである Lockとは、カナル水面が異なる処の水門であり、水面調整の難所だ。

 今日は水面の高い処から、低い処への移動である。

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入口水門
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Lockの内部の出口水門

 大きな木製の扉を開け、狭いLockの中にボートを運ぶ。 うっかりしたら、木製の扉を壊しかねない程の狭さだ。

 ボートには、Tantanと Sさんが乗り、Hさんと女性陣2人が陸に上がる。

 大きく重い扉を閉めるのは、並大抵の力では開きそうもない。

 しかし女性2人が踏ん張ると、扉は徐々に閉まるではないか!

 ぴったり扉を閉め、側溝の水門も閉め、今度はLock内の水を抜き、水面を下げなければならない。 出口側の側溝水門を開け、下流側に水を流す。

 Lock内の水面が、みるみる下がっていく。 両岸が4mほどに高くなり、ボートはコンクリートの箱の底にすっぽりと入った。 しばし不安でいっぱになる。

 やがて下流側の側溝の水の流れが止まると、Lock内の水面が下流側のカナル水面と同じ高さになった訳だ。

 またもや女性陣の踏ん張りで、下流側の水門を開く。

 おおっ、扉の先はLock内の水面と同じになっているではないか。 静かに水門を抜け、無事にLockを通過。 下流側に移動完了である。 ボートを岸に着け、Hさんと女性陣を回収。

Lockのシステムは、こちらの動画で説明されています。

 思わず拍手が飛び出す。

 自分たちの動画は忙しく撮れなかったが、YouTubeで見つけたので、それをご覧ください。 

 この動画は、プロのキャプテンを雇いご夫婦でナロー・ボートの旅を楽しんでいるようです。 初めての方は、この方法が良いかもしれません。

続く

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2018年6月22日 (金)

ナローボートの旅(その5 Bradford Avon )  (235)

201年6月12日

Avon


Kafeno

Masai

 午後2時過ぎ、恐る恐るだが出だしは好調。 カナルの幅も結構あるし、ほぼ直線のコースである。 カナルの片側には必ず遊歩道があり、地元の人々がゆったり、のんびり、散歩している。 自転車で急ぐ人も見かけるが、ボートには慣れっこでだれも興味を示してはくれない。 

 興味を示してくれたのは、鳥たちだ。 ちょうどヒナを育てる時期なのか、カモとか白鳥が多くのヒナを連れて、ボートの近くまで寄ってくる。 

餌を撒くと、ヒナが驚くようなスピードで餌に食らいつく。 そこに他の鳥の家族が近づこうものなら、親鳥は形相を変えて他を追いやる。 何処でも、母は強い。

Kamono

 だが、まだ昼飯を食っていない殊に気が付く。 しかしボートには、何の食料も積まれていない。 1時間程走った処の Bradford Avon で、遅い昼飯を食うことにした。

Thegorge

 Super tantan 好みのカナル・カフェ The george Pubを発見。 軽い昼飯として、サンドイッチを頼んだ。

Sandwitch

 それが上の写真だ。 Tantanの一日の摂取カロリーに相当しそうである。 やれやれ、英国でも食料のボリュームに悩まされそうである。

 でも沿岸には、こんな目の保養もある。 こんな処に寄ろうものなら、かなりボッタクラレルそう

Nikkouyoku

続く

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2018年6月21日 (木)

ナローボートの旅(その4 ヒルパートン(234)

Maptrowbrigh

2018年6月12日(ロンドン時間)

 ロンドンから西に列車で1時間半ほど行ったトローブリッジで船を借りる事になっている。 列車を一度乗り換え、降りた処がトローブリッジである。

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未だにディーゼル列車だ

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トローブリッジ駅

 小さな田舎町で、駅前には商店街らしきものは無い寂しい処だ。

 早速 ヒルパートン・マリーナーで、船の操作のレクチャーを受ける。

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ヒルパートン・マリーナ

 25分間のビデオのレクチャーと、ジェスさんと言う大変愛嬌のあるお姉さんが先生に着いた。

 しかし彼女のレクチャーは機関銃のような早口英語で、こちらが外国人であることを全く無視している。

 一通りレクチャーが終わると、契約書にサインしろと言う。 オッサン三人は、誰が責任者になるかでしばしもめた。 

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ジェスさん

 ジェス 「キャプテンが、サインすべきよ」

 S&H 「じゃー、一番年上のTantanがサインすべきだ」

 Tan 「なんでだよ~、英語の2割ほどしか解っていないよ。 英語の巧いSが、やれよ!」

 S&H 「そんなの関係無い! 年齢でもTantanがなるべきだ」

ジェス 「決まりね。 では此処にサインを」

 Tan 「日本字でも良いのか?」 最後の抵抗だ。

 ジェス 「さあ、少し走ってみよう」

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マリーナを出てすぐの景色

 長さ20m弱、幅2メートルチョット、巨大で重い船だ。 エンジンを掛けると、ジェス先生は、ゆっくりとカナルの真ん中に船を出した。  午後2時過ぎだ。

 ジェス 「さあ、キャプテン変わるわよ」

 Tan 「いきなりかよ!」

 カナル幅は6~7m。 船より狭いのだ。 おずおずと船を進める。

ジェス 「はい、舵を右に、それから左に。 そうそう」

 舵を切っても重い船は、中々方向を変えない。 だが方向が変わり始めると、中々元に戻らない。

 右に左に、よろよろと進む。

 ジェス 「あんた達は中国人、それとも日本人?」

 ジェス 「そう、じゃ日本語で右と左は、何て言うの?」

 Tan 「MIGI、そしてHIDARI

 ジェス 「では”MIGI”に、そしてゆっくり”MIGI"のオポジットに!」

 Tan 「なんだよ! 正しく”HIDARI”と言えよ」

 ジェス 「もっと”MIGI"のオポジットに~!」

 ジェスさんは、さすがプロのインストラクターだ。 ユーモアと笑顔を忘れず、分からない事があると日焼けした自分の腕に、ボールペンで字を書き要所要所を適格に教える。

 15分ほどで3人のレクチャーを終わった。 しかし彼女は、我々が全くの素人では無いことを見破っていたと思う。 我々の質問も適格だからだ。

 例えば、スクリューの回転方向を聴き、それにより船がどちらにケツを振りやすいのとか、バックにエンジンを掛けた時の船の挙動を直ぐに理解できたからだと思う。

 ジェス 「そのあたりに船を着けて、あたし降りるから」

 ジェス 「では、楽しんできて! ボンボヤージュ!」 と さっさと船を降り、歩いてマリーナに返って行った。

 さあ、大変! 船に乗って20分ぐらい。 これでBath市まで行けていうのかよ。

 しかし景色は、最高だ。 両岸は青々とした草原。 所々に林。 日はサンサンと輝き、林から吹き込む風は涼しく、森の匂いがする。 

 木々からは、聞き覚えの無い鳥のさえずり、水辺には、カモ、ハクチョウが、全く船も人間も恐れず悠々と泳いでいる。 

 此処は、天国だ~!

Kesikia

 岸には、爺さん婆さんが、ゆっくりと散歩している。

 「ハロー!」 と声をかけてくれる。 

 何と彼らの方が、速いのだ。 船の速度は、4~5ノット(7~8㎞/h)。

 女性陣は、船首の居間を陣取り、紅茶 なぞを楽しみ始めた。

 「アッ、牛がいる。 アッ、馬もいる。 今度は、羊だ」

 早速ビールでも開けたかったが、船を走らせてるときは禁酒だ。

続く

Hakuchoua

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2018年6月20日 (水)

ナローボートの旅(その3、パディントン) (233)

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パディントン駅正面

2018年6月10日(ロンドン時間)

 BA機の5時間遅れは、このままでは終わらなかった。 ヒースロー空港に着いたのは、午後5時過ぎだ。 延々と待たされる入国手続き。 空港を出たのは、5時半。 22ユーロ(3300円)の大枚を払って、特急を奮発。 パディントン駅まで、ノンストップで15分。 ホテルに着いたのは、6時だ。

一応パディントン駅の主の熊さんには、ご挨拶をして行こう。

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熊さんと記念撮影

 実は6時から、有名なロースト・ビーフ屋さんのシンプソンズの予約が入っているのである。

 ホテルのフロントが、「日本人4人は、正装してお出かけですよ」 

 LINEを入れてみると、「遅いので4人で食べる事にしました。 だってキャンセル料が、かかるといわれたからね」 

 「帰るまで待っててね」 だって。 

 これもBA機の遅れが原因である。 

 またもやBAへの不満が、大爆発だ~~~!!!

 その後、ホテル近辺のちっぽけなパブで、4人と合流。 延々とシンプソンズの素晴らしさと、ロースト・ビーフがいかに旨かっかを聴きながら、不味いソーセージと、ぬるいエールを飲みながら、聞くしかなかった。

 旅行中の障害保険は、これを保障せんのか~~!

 後でご婦人方から聞いた話だが、シンプソンズは金持ちアジア人に占拠されていて、大変煩かったそうです。

 また肉は美味しいものの、300gもの大きさで辟易したようだ。

 そうだろう! そうに決まっている。 

 そうで無かったら、神様は不公平だ。

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パディントン駅構内 夜10時だと言うのに空が明るいのが、わかりますか。

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2018年6月19日 (火)

ナローボートの旅(その2) (232)

2018年6月19日

多くの方々の支えがあって、18日に無事旅行を終えることが出来ました。

楽しくもあり、トラブルも色々あり、それはそれで楽しい旅行でした。

何回かに分けて、ご報告したいと思います。

Hitori

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2018年6月17日 (日)

ナローボートの旅(その1) (231)

2018年6月10日

さあ出発に日だ。 ブリティッシュ・エアーラインは、朝8時50分のフライトだ。 朝5時起きで羽田にむかったのだが、何と5時間遅れで午後1時40分に変更になったと言うではないか! 

ががーん!

怒ってしょうがないので、荷物を預け座席位置を確かめると、何と真ん中の座席と言う。

めったに怒りを現したことが無いSuper tantanでも、怒気にあふれる声で叫んだ。

「5時間遅れで、真ん中の席だと! 3カ月も前に予約してこれかよ!」

「申し訳ありません。 只今係りに問い合わせます」

暫く電話で話していたが、結論はあっさりと通路側の席を獲得出来た。

「これは、昼食代としてお使いください」

1500円のクーポンをもらった。 しかし羽田で5時間も待てないので、一旦帰宅をした。

さて問題は、これでだけでは済まなかった。

機内で食事中、赤ワインを胸にぶちまけてしまったのだ。 しかしこれは、Tantanが悪かった。

白のポロシャツの胸に、大きな赤いしみが出来てしまった。

CA「お客様、如何かなさいましたか!?」

TN「うむ、誰かに撃たれたようだ}

CA「それは大変です。 少々お待ちください」

CA「これにお着換えなさってください」

黒の長袖のTシャツの様なものを頂いた。 胸には、BAのマークと Firstと記されていた。

ポロシャツの襟を出し、黒のTシャツを着ると、結構いける。

「どうですか、似合います?」

CA「大変お似合いです」

結構ブリティッシュ・エアーラインやるじゃん!

後で知ったのだが、それは BAの First クラスのお客様に提供するパジャマだったのだ。 しかもパンツまでついていた。

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2018年6月13日 (水)

ナローボートの旅 (230)

2018年6月12日 ロンドン時間

只今ボートで旅をしています。

旅は緊張とリラックスの連続ですが、極めて満足しています。

ただしボートの上では、Wifiの状態が極めて悪くリアルタイムで記事が書けませせん。

何処か良い場所があったら、写真掲載します。

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2018年6月 3日 (日)

夏は、龍踊でShow! (429)

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2018年6月2日

 須賀神社龍踊に行ってきました。 龍踊の仲間は、NHK紅白歌合戦にも出場した有名なグループでもあり、Super tantanの知人も何人か参加しています。

 アニメ 「君の名は」 で超有名になったこの神社は、国際的にも有名で、英語、ハングル、タイ語なぞの願掛け絵馬がありました。

 Tantanも近く英国両行に出かけるので、安全旅行を祈願してきました。 お賽銭は10円かと思ったのですが、思い切って100円にしました。 (さすが、金持ち!)

「たった100円かよ! お賽銭を値切るな!」 とヤジが、速入りました。

 でもお賽銭は、気持ちですから。

 神様は、お賽銭の高低で差別はしないと思います。 もし差別をすれば、それは 「パワハラ」 ですから。

 当然龍踊観賞後は、御神酒で十分にお祓いもしてきました。

Aaaaa

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2018年5月31日 (木)

突然の思い出、トボリスク! (428)

Maptolysk

2018年5月31日

 元会社の同僚から、FaceBookで連絡があった。 これからロシアの片田舎のトボリスク市に、2週間の旅に出るという。

 Super-tantanトボリスクに行った記憶があるが、曖昧である。

 トボリスク市は、チュメニと言う大きなシベリアの石油の出る処である。 そう、シベリアの一角なのだ。

 ある冬の日トボリスクの現場から連絡が入り、Tantanの設計したシステムが動かないので、至急現地に来いと言う。

 モスクワから国内便に乗り変え、冬のシベリアに向かった。 小さな空港に降り立ったが、一面青氷が張り詰めた寂しい滑走路の真ん中である。

 ロシア人が一斉に席から立ち上がったとき、ロシア語で機内アナウンスが流れた。 立ち上がった客は、また座り始めた。 そして一斉にTantanの方を睨みつけた。

 キャビン・アテンダントが近づき、ロシア語で何か話しかけてきた。 何が何だか、さっぱり分からない。

 荷物をまとめる様に言われ、アテンダントに促され、沢山のロシア人の視線を受けながら、たった一人で青氷の張り詰めた滑走路の真ん中に卸された。

 タラップの下には、Tantanのトランクが転がっていて、滑走路の端に止っているヘリコプターに乗れと言う。

 恐る恐るヘリに近づき、ロシア人に荷物を預け、言われるままにヘリに乗り込んだ。

 クルー2人、客はTantan一人。 エンジンが廻り、シベリアの空に舞い上がった。

 地上は、ただ白一色、 空は灰色の雲に覆われ、此処で不時着したら完璧に凍え死ぬだろうな思った。 

 ヘリの内部は、微かな魚の匂い。 普段は、食料を運ぶヘリなのだろう。

 その内クルーの一人が、英語で話かけてくれた。

 チュメニに行くには、車で半日走らねばならないとの事。 しかも凍ったトボリスク河を渡らねばならないとの事。 しかし2日前 河の氷が割れて、車が1台沈んだと言う。 それで、急遽ヘリに変更されたらしい。

 でも事故のリスクは、どちらも同じようなものだと思った。

 冬の日が落ち、外は真っ暗闇。 ここで降りると言う。

 エンジン音が変わり、降り始めた。 

 地上にパッと、サークル状の灯が灯る。 その光の真ん中に、ヘリは降りた。

 7~8台のトラックが円陣を作り、車のランプで臨時のヘリの駐機場を作っていたのだ。

 Tantanのトボリスクの思い出は、そんなもの。 町の思い出なぞ、ほとんど無い。

 そう同僚は、この地で2年間以上も生活をしていたのだ。 思い出探しの休暇は、2週間でも足りないだろう。

 それにしても2年半過ごしたブラチスラバに、たった1晩しか滞在しなかったTantanは、結構薄情ものだと思った。

左の欄にある検索エンジンで、シベリアと言うキー・ワードで検索してみてください。 幾つか記事があります。

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2018年5月23日 (水)

タイ・ランドでの災難! (427)

2018年5月23日

太腿の肉離れでふっと思い出したのは、タイ・ランドでの入院騒ぎだ。

 タイ・ランドの新設の装置が、そろそろスタート・アップすると言う時だった。 何故か急に腹が痛くなり、慌ててトイレに駆け込んだ。 しかし、どの個室も満員だった。 

 「速く出ろよ!」

 「暫く出られそうも無い!」

 「何を言っているんだ。 こっちは、緊急状態なんだ!」

 「俺だってそうだよ」

 どのドアーを叩いても、同じ反応だ。 仕方なく腹と尻を抑えて、タイ人たちの事務所のトイレに向かう。 

 一旦は落ち着いたものの、まだ腹がキリキリと痛む。 その内聞き覚えのないサイレン車が続々と到着して、外が騒がしくなってきた。

 恐る恐る外に出ると、何人かが救急車に乗せられていた。

 「俺も頼む!」

 「お前もか? 速く乗れ!」

 救急車の中には、同僚が何人かひっくり返って唸っていた。

 「弁当の食中毒だ!」

 パタヤ市の高級病院に運ばれた。 気が付くとTantanは、テレビ、冷蔵庫、シャワー付きの豪華な個室の仲だった。

 「アーユー、OK?」

 可愛いタイ人の看護婦さんが数人、私を見つめていた。

 「ダイジョウブダヨ」

 「日本人の友達は?」

 「ミナ、ダイジョウブダヨ」

 「キガエシテネ}

 「着替え? OK!」

 4人の看護婦さんに、身ぐるみ剥がされた。

 「コレモトル!」

 「ヒヤ~、それだけは勘弁! 自分で脱ぐ!」

 「ダメ・ダメ、ハズカシクナイヨ!」

 「いや~ん」

 看護婦さん達はげらげら笑いながら、Super tantanを素っ裸にしてしまった。

 昼の弁当がいけなかったようだ。 日本風の弁当だったが、何故か刺身が入っていたのだ。

 2日ほど入院したが、3日目に無事退院。

 4人の看護婦さんが、見送りに出てきた。

 「マタ、キテネ~~!」

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